UCCコーヒーアカデミー講師陣の中でも特に「焙煎」のスキルが高いと評される早川は、「10代の頃から将来は喫茶店のマスターになるのが夢だった」と語る。長年コーヒーに親しんできた早川が、静かに、熱く語る“コーヒーの奥深さと楽しさ”とは。
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喫茶店のマスターを夢見た修業時代
UCCコーヒーアカデミー講師として人前でしゃべっている時に、ふと「不思議だなぁ」と思うことがあります。
本当はこんなこと言っちゃいけないのかもしれませんが、実は私、昔から人とコミュニケーションを取るのがあまり得意ではなくて。どちらかというと、一日中黙ってコーヒーを淹れていたい人間で(笑)。
若い頃は、将来は喫茶店のマスターになるつもりでしたので、大学卒業後も就職はせずに喫茶店でアルバイトをしていました。
当時は、いろんなお店のコーヒーを飲み歩いて、自分なりに味の比較をしたり、コーヒーの歴史や豆の特徴などについても独学で勉強していました。今のようにインターネットも普及していない時代ですし、何しろ若かった。時間はあるけど、約束された将来はない。そんな状況ですから、ある意味、真面目すぎるほど貪欲にコーヒーを学んでいたと思います。
アルバイトは30歳になる手前まで続けていました。その後、UCCグループのコーヒーマシン事業を担うラッキーコーヒーマシン株式会社に営業職で入社して、今はUCCでコーヒーを教える立場の人になっている。ですから、学生時代からの友人には「天職だね、よかったね」と言われます。
独学時代に早川がどれほどの研鑽を積んだのか。それは、合格率2〜3%と言われるUCCコーヒーアドバイザーの試験を入社2年目に1発でパスしたことからも分かります。
現在は、UCCコーヒーアカデミー講師として、一般のコーヒー好きな人、プロを目指す人だけでなく、UCCの社員教育も含めて幅広く指導に当たっています。
「焙煎は言い訳ができない」
「コーヒーは2度調理する」と言われる飲み物です。“2度”というのは、「焙煎」と「抽出」を指していて、おいしい一杯を淹れるためにはどちらも大切な工程です。
もちろん豆そのものの品質もありますが、同じ豆でも「焙煎」と「抽出」をチューニングすることでいろいろな味を作り出せる。甘さや酸味、香り、コク。他にも、後味や全体のバランスなど、自分が飲みたいコーヒーのプロファイルを設計すれば、自分好みの一杯が作れるはずなんです。
これこそがコーヒーの楽しさではないでしょうか。
「焙煎」と「抽出」のどちらがより大切かと言えば、私は「焙煎」だと考えます。
「これは先ほどのクラスでも使っていた“焙煎プロファイルシート”です」と言って早川が見せてくれたのは自作の項目チェック表。コーヒーの種類や豆の量、焙煎の温度はもちろん、天候、室温、湿度に至るまでさまざまな項目と数字が並んでいます。
豆を焼く温度がわずかに変わるだけで“理想の味”にはなりません。「焙煎」は失敗が許されない工程なんです。
初めて意識的に「焙煎」に取り組んだのはUCCコーヒーアカデミーに配属されてからです。台湾の焙煎スペシャリストにみっちり指導を受けました。大会の審査員をするような、とてもスキルの高い人で、「焙煎」に取り組む姿勢も教わりました。
「焙煎」ってデータも大事なのですが、数字だけを追いかけていてもダメなんです。焙煎中の微妙な豆の変化を自分の目や耳で感じることも大切。とても繊細な作業です。
この数年で激変した日本人のコーヒーへの意識
コーヒーの国内消費量は昭和50年代半ばに緑茶を上回り、その後もコーヒー飲料を含めて増加しています(全日本コーヒー協会調べ)。
特にここ数年は、コロナ禍で在宅時間が長くなったこともあって、消費者の方々のコーヒーへの意識が確実に高まったと感じています。
今まであまりコーヒーに興味がなかった人が自宅でコーヒーを淹れるようになったり、普段からレギュラーコーヒーを飲んでいた人は、ドリッパーなどの器具にこだわるようになったり。自分で焙煎をするような人も増えてきました。
昔は「自宅で豆を焼こう」なんて考える人はまずいなかったと思います。でも今はUCCコーヒーアカデミーの一般の受講生の中でも、10人に1人ぐらいは自分で焙煎するという状況です。リテラシーが非常に高いというか、たまに講師陣が驚くほどコーヒーの知識が豊富な方もいらっしゃいます。
コーヒーには正解がない。その“自由”を楽しむために
先ほど、コミュニケーションがあまり得意じゃないと話しましたが、やはり先生と呼ばれる立場にいるので、その自覚は必要だと思っています。
UCCコーヒーアドバイザーの1人として大切にしているのは、受講生の「もっと知りたい」「もっとおいしいコーヒーを淹れたい」という気持ちに応えてあげること。ですから、時にはUCCという会社の利益よりその方の希望を優先します。
こうはっきり言っちゃうと会社に怒られるかもしれませんが(笑)、UCCコーヒーアドバイザーはそれが使命だと思っている。コーヒー好きな人を増やしていくのが私たちの仕事。
今、コーヒーは、品種自体も、淹れ方も年々進化しています。一般の方のコーヒーのリテラシーも上がってきている。そんな中、UCCコーヒーアカデミー講師としては、そうした情報や知識をどんどん更新していきたいですし、正しく広めていきたい。
若い頃はコーヒーを仕事にして、正直、コーヒーを楽しめない時期もありました。でも、今は歳を取って余裕ができたのか、すごく楽しいです。
コーヒーは本来、すごく自由な飲み物。常識にとらわれずに講師の自分の知識も上書きしていくべきだと思っています。コーヒーの道にはゴールはありません。
ぜひその楽しさを皆さんと味わいたいですし、私が教えた人がさらに次の人へ、また次の人へ、その輪が広がっていってくれたらいいなと思います。
愛用のコーヒーグッズは
どちらもコーヒー好きには定番のハリオのV60ドリッパーとユキワのコーヒーポットを愛用。
心に残る、最高のコーヒーは?
マルゾッコで飲んだウェルカムエスプレッソ
研修で訪れたイタリアの老舗エスプレッソマシン・メーカーのマルゾッコ社で、創業者の息子で名誉会長(当時社長)のピエール・バンビ氏に淹れてもらったウェルカムエスプレッソ。「イタリアで飲んだエスプレッソの中で断トツの一番。今でも記憶に残っている一杯です」。
UCCコーヒーアカデミー講師
早川契史(はやかわ ひさし)
2007年、UCCグループに入社。翌年には、UCCコーヒーアドバイザーの試験に1発合格。その後も、UCCコーヒー抽出士、CQI認定Qアラビカグレーダー、SCA認定トレーナーなどの資格を次々に取得。2015年より現職。
(部署名・役職は取材当時の情報です)