コーヒーの味や魅力は時間の経過とともに多彩になり、コーヒーとの付き合い方も多様性に富んでいます。
連載「私のCOFFEE STYLE」は、その人のコーヒーへの寄り添い方・付き合い方をお聞きする特集です。
記念すべき第1回に登場いただくのは、フリーランスバリスタの石谷貴之さん。
悲願の日本バリスタチャンピオンに登りつめ、世界大会への出場も果たした世界のBarista・TAKA ISHITANIに、バリスタとコーヒーの世界について、いろいろ語ってもらいました。
石谷さんからのメッセージを読み終えた後に飲むコーヒーは、きっと、いつもより、おいしくなっているはずです。
石谷さんのプロフィール
石谷 貴之(いしたに・たかゆき)
2005年にバリスタの世界へ飛び込む。
2012年に独立、フリーランスバリスタ・TAKA ISHITANIとして活動がスタート。
2017年、ジャパンバリスタチャンピオンシップ(JBC)で優勝。
2018年、ワールドバリスタチャンピオンシップ(WBC)に日本代表として出場。
現在は、バリスタのトレーニングやスタッフ育成、店舗の立ち上げやオペレーションなど、コーヒーのコンサルティングを手掛ける。
公式サイト:TAKA ISHITANI
INDEX
どんなコーヒーでも心地良く感じられるようにすることが、バリスタの使命
——過去のことで恐縮ですが、ジャパンバリスタチャンピオンシップ(JBC)の優勝とワールドバリスタチャンピオンシップ(WBC)2018への出場、おめでとうございます。
ありがとうございます。2017年のJBCの優勝はチャレンジ12年目のことだったので「優勝の気分に浸ろう」と思っていたんですが、閉会式が終わった直後にステージの裏でWBCに出場するための書類手続きが始まったので、余韻は全くなかったですね(笑)。
——そんなすぐに手続きが始まるものなんですね!
気づいたら、大会出場のためのサインをしていました(笑)。
——JBCやWBCといった競技会での経験も生かしながら、現在、石谷さんはコーヒー専門店のプロデュース(代官山〈Saturdays NYC TOKYO〉など)も手掛けられています。店舗をプロデュースするとき、一番気をつけているポイントは何ですか?
オーナーさんの好みの味を聞くことです。
例えば、これは一例ですが、ダートローストなのかライトローストなのか、全部試して、オーナーさんがどのゾーンの苦味が好きなのか、相当細かく探していきます。
それがイコール、お店が打ち出したい味になるので、店舗づくりは、その味を正確に抽出することに重点を置いて考えていますね。
——オーナーさんの好みの味……つまり、コーヒーへのこだわりがお店の味になる、というわけですね。石谷さんご自身は、コーヒーの味にどのようなこだわりをお持ちですか?
味へのこだわりでいうと、正直なところ、僕は苦いコーヒーでも酸味のあるコーヒーでも、どちらでもいいと思っています。
しっかりとした生豆、しっかりとした焙煎(ばいせん)、しっかりとした抽出。この3つが揃えば甘さが伴うので、たとえ苦かろうが酸っぱかろうが、心地良くコーヒーを飲めるはずなんですよね、本来は。
その点で見ると、ネガティブな意味での苦い、酸っぱいという感想が出るのは、おそらく、抽出する側の問題なのかなと思っています。
「コーヒーは苦いし、酸っぱさもあるので、嫌い」と言う人がいますが、多分その理由は、適正に抽出されたコーヒーを飲んでないから、なんです。
苦さを一つとっても、しっかりと抽出できているコーヒーを飲めば、「この苦さ・酸っぱさだったら飲める」という感想になるはずで。
どんなコーヒーでも心地良く感じられるようにご提供することは自分が仕事で大切にしている部分であるとともに、バリスタの使命でもあると思っています。
その使命をきちんと果たせるバリスタを育てることは、自分が果たさなければならないミッションですね。
現在(いま)は、自分も含めた僕たちバリスタが全体的に味の変化に追いつけていないというか、「しっかりとしたコーヒーをご提供できてないな」という、強い思いを抱いています。
99%が水でできているコーヒーがおいしく感じられる条件
——「どんなコーヒーでも心地良く感じられるようにご提供する」。確かに、それが実現できればコーヒー嫌いな人でもコーヒーを好きになってくれるような気がしますが、少し難しい気もします。何かコツはありますか?
一つは、さっき言った焙煎と抽出ですね。ここを、いかにしっかりできるかという。
ちなみに、“しっかり”の定義は、いかに口当たりが良いコーヒーを生み出せるか、ということです。
口当たりが良いコーヒー・悪いコーヒーって、飲み比べるとやはり全然味が違います。
同じ酸味でも口当たりが良いものはお客さまから「これは飲める」って言っていただけるのですが、口当たりが悪いと「これは酸っぱくて、ちょっと嫌いだな……」と言われてしまう。
この反応は、苦みでも一緒ですね。この口当たりをコントロールができるのが、僕たち、バリスタなんです。
——コーヒーとワイン、日本酒くらいでしょうか? 飲み物で「口当たりが良い・悪い」という表現をするのは……。
「じゃあ、コーヒーの口当たりの良さって何?」という質問になると思うんですが、それは、わかりやすく言うと、コーヒーを飲んだ後、お水を飲まなくてもいいなとか。
口当たりが悪いときは、お水を飲みたくなりますよね。(喉の辺りを触りながら)この辺に“いがいが”が残る感じ、です。
口当たりの良いコーヒーになると、この“いがいが”がなくて、芳醇(ほうじゅん)な香りがずっと口の中に残るんです。
少し抽象的になりますが、口に入れたとき、口当たりが良いコーヒーは、丸みがあって、やわらかいんですよね。
——わかります! あの“いがいが”というか、“ざらざら”というか……。確かに、あの感覚を口当たりが良い、とはいえませんね……。本当に口当たりが良いコーヒーは、すーっと喉を通るというか、心地良い余韻がある気がします。
もう一つのコツは、コーヒーをご提供する方法とその前後の場づくりです。例えば、お水をていねいにスッと出されるのと、バン!って出されるのでは、大きく印象が異なりますよね。
無味無臭のお水なので当然、味は変わらないわけですが、やっぱり前者の方が心地良く飲めると思います。
そういったコーヒーをご提供するまでの過程——つまり、コーヒーを淹れること以外の部分で心地良さを積み重ねていけば、コーヒーそのものも心地良く味わえるような気がしているんです。
——バリスタとしての技術も大切だけれども、一サービスマンとしてのホスピタリティがしっかりと備わっているかどうか、そしてそこから生まれる作法の重なりが空間と味の心地良さを演出する……という解釈でしょうか?
その通りです。僕が特に大事にしている仕事の一つに、バリスタの人材育成があります。
その教育の現場では、「お客さまが退店する瞬間までいろいろな心地良さをご提供できたら、多分また来てくれるんじゃない?」といった話をかなり細かく延々としているんですが、バリスタの存在意義って、その延長線上にあると思うんです。
誤解を恐れずに言うと、コーヒーの99パーセントはお水じゃないですか。苦くても酸っぱくても、結局どっちでもよくて。
目の前に出されたコーヒーを心地良く感じるか、感じないかだけなんです。
結局、コーヒーは、淹れてくれる人の人柄やシチュエーションでおいしく感じられる飲み物だと思っています。
ただ、それとしっかりした焙煎・抽出はセットです。どちらか片方だけあっても、コーヒーのおいしさは成立しません。
……と、偉そうなことを言いながら、僕はコーヒーが一番苦手なんですけどね(笑)。さすがに、仕事中は飲むんですが……。
一番苦手で、一番大切なもの——それが、コーヒー
——え(笑)!? バリスタなのに、コーヒーが一番苦手? どういうことですか?
そういったリアクションになりますよね(笑)。
バリスタの世界に入った当時、先輩が作ってくれたエスプレッソを飲んだのですが、本当、おいしくなかったんです。
で、「石谷、見よう見まねでいいからやってみろ」って言われたので自分で作ってみたら、もっとおいしくなかった(笑)。
けれども、そのとき、「なぜ、おいしくないんだろう」「どうやったら、おいしくなるんだろう」という疑問がいろいろ出てきたんです。
その疑問を解決するための探求が、今のバリスタの道につながったような気がします。
——「おいしくない」と感じたコーヒーを、どうやったら「おいしい」と感じられるようになるのか。その解を探し続ける過程が石谷さんの今のバリスタキャリアを形づくっている……ということでしょうか?
そうかもしれません。だから、僕にとってコーヒーは一番苦手なものなんだけど、同時に一番大切なものであり、追い続けなくちゃいけないものなんです。
コーヒーが嫌いな人の気持ちは理解できますし、嫌いな理由も検討がつくんですよね。
一方で、バリスタとしてコーヒーの魅力を競技会や店舗などで見続けてきたので、僕にとってコーヒーは、表裏一体な飲み物ともいえます。
ただ、コーヒーが苦手で良かったなって思うときもあるんです。
もし、コーヒーが大好きだったら自然とご提供するコーヒーも自分の好きな味に寄ってしまう可能性がありますし。
僕はバリスタですが、苦手意識からコーヒーの嗜好がないので、味に対してフラットです。
だから、公平・客観的な視点でコーヒーを評価してご提供することができるし、それはバリスタとして必要な要素だと思っているので、ラッキーだったなって感じています。
少し視点を変えると、私自身が「コーヒーを飲めなくても嫌いであっても、バリスタの仕事はできるんだよ」というメッセージです。まぁ、仕事を始めたらコーヒーは飲まないといけないんですけど(笑)。
とはいえ、そういった“入り(はいり)”でもバリスタの道が開けることは、バリスタを目指している人たちに伝えていきたいですね。コーヒーが苦手だからこそできることがあるし、見つけられる視点があります。
家でコーヒーを淹れられることは、幸せの一つの形
——『My COFFEE STYLE MAGAZINE』の読者には、家でコーヒーを淹れて飲む、いわゆる“家淹れ”ユーザーも一定数、います。コーヒーが苦手であれば自宅でコーヒーを淹れる機会はまずないような気がしますが、あえて聞かせてください(笑)。石谷さんは、ご自宅でコーヒーを飲むことはありますか?
家にコーヒーを淹れる器具はあるんですが、自分一人で淹れる機会は、なかなかないですね。友人が来たときにコーヒーを淹れるくらいでしょうか。
自宅でコーヒーを淹れる行為そのものについては、「家でコーヒーを淹れられる時間があること自体が幸せだよな」という思いがかなり強いです。
コーヒーを淹れられる時間があるイコール時間的なゆとりを持って人生を送れている、という意味じゃないですか?
だから、家でコーヒーを淹れて飲む時間を持てていることは一つの幸せの形なんじゃないかと個人的には思いますね。
もし、自分が家淹れを当たり前の日常にするのであれば……シチュエーションにこだわりたいです。
時間帯は、朝。自宅という自分だけの空間で日差しを浴びながら飲むコーヒーが一番おいしさを感じるような気がします。
加えて、本や新聞、テレビを見ながらでもいいので、自分が一番リラックスできる時間の中にコーヒーがあったら、豊かな時間を過ごせるんじゃないかなって。
石谷流・家で幸せを感じながらコーヒーをおいしく飲むための5つのコツ
インタビューの最後。石谷さんが、家でコーヒーを淹れる5つのコツを教えてくれました。
コツ1:お湯の温度は、おおよそ85~90℃の範囲
コツ2:サーバーとドリッパーは事前に湯せんをして、温めておく。
コツ3:コーヒー粉は平らにならす。
コツ4:500円玉ほどの大きさの円を描くように、お湯を注ぐ(細過ぎず、太過ぎず)。
コツ5:カップも湯せんをして、温めておく。
石谷流・家淹れコーヒーの完成です。
番外編|コーヒーが苦手なカメラマンさん。石谷さんがつくったコーヒーを飲んで、コーヒーが好きになる
「苦みが苦手で、コーヒーはもう何年も飲んでいない」「コーヒーからは距離を置いている」と言っていた、カメラマンさん。
石谷さんが淹れたコーヒーを一口飲んだところ……ご覧の表情に(笑)。これも、コーヒーが苦手なバリスタ・石谷さんだからこそ成せる業(わざ)?なのかもしれません。
「お世辞抜きに、今まで自分が飲んできたコーヒーとは全く味が違いました」(カメラマン談)
実際に編集部員も飲んでみましたが、本当に口当たりが良く、笑顔になるのもうなずける、とってもおいしい一杯でした。
撮影場所:UCCコーヒーアカデミー 東京校