入社から41年にわたり、営業・企画・教育と、さまざまな分野でUCCの最前線を歩んできた栄 秀文。学生時代の一杯のモカから始まった“コーヒー人生”は、いま日本唯一のコーヒー博物館の館長として新しいステージに。
INDEX
毎朝、一杯のモカから始まった「コーヒー時間」
学生のときは、毎朝、駅前の喫茶店に寄ってから大学に行っていました。必ず頼むのはモカ。あれが、僕の一日のスイッチでしたね。
コーヒーの種類も知らないのに、ただ「モカって名前がかっこいいな」というだけで選んでいました。ちょっと大人ぶって、モカを飲んでから授業に行くのが、ささやかな楽しみだったんです。

当時は、教師になりたいと考えていたので、“コーヒーを仕事にしよう”なんて、一ミリも思っていませんでした。でも、今思えば、あれが僕のコーヒーとの本当の付き合いの始まりだったのかもしれません。
もうひとつ、若い頃の思い出で忘れられないのが、神戸ポートアイランド博覧会(1981年)です。あのとき初めて入った企業パビリオンが、UCCのコーヒーカップ型パビリオンでした。

だから、僕にとっての“最初のコーヒー”は、近所の喫茶店のモカと、UCCのコーヒーパビリオンなんです。
しかも、現在のUCCコーヒー博物館は、当時のパビリオンの跡地にあり、躯体はそのままで、内装を全面的にリニューアルしたもの。
その後、まさか自分がUCCに入社して、41年後にこの場所の館長になるなんて。夢にも思ってなかった。人生っておもしろいですよね。
名古屋で学んだ三原則
入社後に営業職として配属された名古屋での15年間は、栄館長にとって「コーヒーの現場」と「人との付き合い方」の原点になった時間でした。個人店から全国展開する企業まで、相手の懐に飛び込んでいきながら、コーヒーと人との関係をひとつひとつ積み上げていきます。

名古屋は第二の故郷ですね。商売の原点も、お得意先との付き合い方も、全部名古屋で教わりました。
真っ先に思い出すのは、お得意さまだった小さな喫茶店のママさんのことです。ママに押されて、当時、遠距離恋愛中だった今の妻に「急やけど、明日、遊園地行かへん?」とデートのお誘いをしたのも、そのお店の電話からでした。

お得意先のカウンター越しに、お店の相談だけでなく、時には自分の相談まで。そうやって重ねた会話のなかから、栄館長は自分なりの“お客さまとの向き合い方”を編み出していきます。
それから支店長などを任されるようになった時に、支店の仲間たちにお願いしていたことが三つあるんです。まずお客さまの話を聞くこと。それからたくさんお話しすること。最後に、一緒に思い出を作ること。この三つができれば、お客さまは必ずUCCのファンになってくれる。そう伝えていました。
小さな喫茶店でママさんに背中を押されて、後に伴侶となる女性に電話をかけた青年は、やがて「聞く・話す・思い出をつくる」を合言葉に、営業部の後輩たちやUCCコーヒーアカデミーの受講生、それからUCCコーヒー博物館の来館者と向き合う立場になりました。名古屋での時間は、栄館長の中でいまも、コーヒーと人をつなぐ“原風景”として生き続けています。

そういえば、昔、社内の抽出競技会にチームで出たことがありましてね。優勝を狙って「何か“究極の秘技”が必要だ」ということになって、「両手でドリップしよう」ということになったんですよ。僕は「勘弁してよ」と思ったんですが、そのおかげか準優勝させていただきまして。両手でポットを持って抽出したのは、もちろんあの時だけです(笑)。今は、“誰でも真似できるおいしい淹れ方”を大事にしています。
営業の苦労から生まれたUCC独自のサービス
UCCグループには、「F.O.B.」という世界で一つのオリジナルブレンドが作れる、かなり“攻めた”業務用ブランドがあります。現在は、11種類の豆、3つの焙煎度から1600万通りのオリジナルブレンドの提案が可能になっています。
もちろん当初はそこまでの種類はできませんでしたが、現場からすると、お客さまに説明する時間も手間もかかるし、正直なところ『売りにくい』というのが本音でした。

たしかにいい商品なのですが、何万通りにもなるコーヒーの味を、お客さまに伝えるのが難しかったんです。
横浜で営業をやりながら、その“売れない理由”を散々味わったあとで、今度は神戸のマーケティング本部・業務用企画部に呼ばれて、売る側から企画する側に回りました。そこで、ある“気づき”がありました。

たとえば、真ん中にクセのないサントスを置いて、「もっと苦く」「もっと軽く」ってお客さまの希望を聞くと、ブレンドの比率がパッと出てくる。「そんな仕組みがあれば、現場はずいぶん楽になるんじゃないか」と思いました。
そこで当時の品質検査室でコーヒー鑑定士の方にお願いして、24パターンの味の設計を一緒に組んでいきました。味の設計には苦労しましたが、長い社員生活の中で大きな思い出の一つですね。
のちに、UCCグループの業務サービス事業のひとつの柱になる商品が生まれた瞬間でした。
「細事に神宿る」と、UCCに決めた理由
長いキャリアの中で、栄館長は何度も「UCCらしさとは何か」を自問してきたそうです。その答えのヒントは、実は入社前の最終面接の場にありました。
UCCに決めた理由ですか? それは、面接の部屋の隅に、ホコリが一つも溜まってなかったからなんですよ。

実はもう一社、内定をもらっていた会社があったのですが、そちらの面接室では、部屋の隅にうっすら埃が溜まっていました。一方、UCCの本社の面接室は隅々まできれいに掃除されていた。その小さな差が、心のどこかで引っかかりました。
何かたいそうな理念があったわけじゃないんですが、『隅まできれいにしている会社って、きっと仕事もちゃんとしてるんやろな』って思いました。
入社後、現会長から繰り返し聞かされてきた言葉が、「細事に神は宿る」。細かいところにこそ神様が宿る、細部への配慮がすべてを決める、という意味です。
面接室の隅に埃がなかったことから始まった「細部へのこだわり」は、いま博物館のラウンジの壁やカウンター、和紙のアトリウム、照明の色調にまで受け継がれています。来館者が気づくかどうか分からないようなところにまで気を配るのも、栄館長にとっては当たり前の仕事の一部です。

学生の頃は、学校の先生になりたいと思っていましたが、縁あって選んだのはコーヒーの会社。名古屋・横浜・神戸と、営業や企画で経験を重ねたのちに、UCCコーヒーアカデミーの責任者となって「伝える仕事」も経験できました。

UCCコーヒーアカデミーで教壇に立っていると、「ああ、自分はやっぱり“伝える”のが好きなんやな」と感じました。受講生の表情がふっと変わる瞬間が、一番うれしかったです。
その延長線上にあるのが、今回の“UCC神戸コーヒービレッジ”という構想です。博物館、アカデミー、イノベーションセンター、UCC神戸本社が徒歩圏内に集まり、コーヒーの知が階段状につながっていく。「学びの入口」として博物館が果たす役割を、栄館長はこう語ります。

UCC神戸コーヒービレッジは、コーヒーの知の集積地です。ここに来れば、コーヒーのことはだいたい全部解決できる。
世界広しと言えど、こんな近い場所に博物館もアカデミーも研究所も並んでいるところはないです。まずはビギナーの方に一歩、ここに足を踏み入れてもらって、「もっと知りたい」と思ったらアカデミーへ、それでも足りなければ研究の世界へ、という流れをつくりたい。
教師に憧れていた青年は、40年後、コーヒーの未来を育てる「学びの館長」になりました。UCC神戸コーヒービレッジの構想は、栄館長の原点である「伝えること」と、UCCで培った「コーヒーの知」を重ね合わせた計画でもあります。
コーヒーモンスターと、未来の来館者へのメッセージ
リニューアルしたUCCコーヒー博物館には、子供たちが目を輝かせる仕掛けがたくさん用意されています。その象徴が、未来エリアに登場する「コーヒーモンスター」です。
来館者のコーヒーのタイプを診断してくれるコーナーですが、イノベーションセンターから現れたコーヒー博士が未来エリアをナビゲートしてくれて、6体のコーヒーモンスターが登場します。

いくつかの質問に答えると、自分に合ったモンスターがモニターに現れ、その好物や性格が紹介されます。フォトスポットではモンスターと一緒に写真が撮れる。そこから、ラウンジでの香り体験や、イントロダクション、ディスカバリーのプログラムへと、学びと遊びがつながっていくはずです。
ここに来た子供たちが、いつかコーヒーに携わる仕事に就いてくれたらうれしいですね。そんなことだってあるかもしれない。そういうきっかけの場所に、この博物館がなってくれたら、本当にうれしいです。
心に残る、最高のコーヒーは?

やっぱり学生のときのエチオピアコーヒー(モカ)が一番最初に浮かびますね。名前に惹かれて飲んでいただけなんですけど、気がついたら、コーヒーとずっと一緒の人生になっていました。
愛用のコーヒーグッズは

「COFFEE CREATION」のノベルティで、3年前に作ったガラスのマグカップ。持ちやすくて、口当たりもいいので、気づいたら毎日使っています(笑)
サステナビリティ経営推進本部 UCCコーヒー博物館館長 栄 秀文(さかえ ひでふみ) 1985年、UCC上島珈琲株式会社入社。名古屋での業務用営業からキャリアを始め、横浜支店長、マーケティング本部業務用企画部長として「FOB フレッシュロースターブレンド」の企画など、現場の声を生かした施策に携わる。さらにUCCコーヒーアカデミー学長を務め、現在はUCCコーヒー博物館館長。「コーヒーの知の集積地」としてのUCC神戸コーヒービレッジの構想をけん引している。 (部署名・役職は取材当時の情報です)
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