バリスタの先駆者としてコーヒーの魅力を伝えたい[COFFEE CREATOR’S FILE 03 宮前みゆき] | My COFFEE STYLE MAGAZINE

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バリスタの先駆者としてコーヒーの魅力を伝えたい[COFFEE CREATOR’S FILE 03 宮前みゆき]

「一杯のコーヒーができるまで」…そこにはUCCのコーヒークリエイターたちの「おいしい事実」があります。

COFFEE CREATOR’S FILE 03 UCCアカデミー講師 宮前みゆき

UCCコーヒーアカデミーに在籍する宮前みゆきは、日本一のバリスタを決める競技大会「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ(JBC)」のタイトルホルダー。2007年に“女性初”かつ“史上最年少”で優勝を成し遂げたバリスタの先駆者です。その宮前が講師として伝えたいこととは―。

史上最年少バリスタからUCCコーヒーアカデミー講師へ

先駆者なんて言われるとおこがましいのですが、JBCという競技大会で私が優勝した当時は、バールでエスプレッソを抽出する「バリスタ」という職業や言葉自体がまだそれほど世間に浸透していない時期でした。
日本代表として参加した世界大会(ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ/WBC)では残念ながら総合4位に終わりましたが、個別部門では「ベストカプチーノ賞」をいただき、いま振り返ってみても、得難い経験をさせてもらったと感じています。

競技大会での貴重な経験を自分の言葉で伝える

あの時の経験は、現在のUCCコーヒーアカデミーの講師という立場でも間違いなく役立っています。また、飲食系の専門学校で当時の自分と似たような年頃の生徒さんを前に授業をするときも、実際の経験を自分の言葉で伝えられるのは私の強みのひとつだと思っています。
でも、いまだから言える秘密を言うと、コーヒーの仕事を始めた十代の頃は、コーヒーがほとんど飲めませんでした。面接で出されたアイスコーヒーも飲めなかったのに、なぜかコーヒーの世界に入っちゃったんですね(笑)。

「じつはコーヒーが飲めませんでした」

UCCコーヒーアカデミーの受講生の皆さんや、私が教えている専門学校の生徒さんたちは、「バリスタやコーヒーのことをもっと知りたい」という勉強熱心な方が多いのですが、私がこの世界に入ったのは「バイト先のひとつがたまたまUCCグループのカフェだったから」という単純な理由でした。
当時の私は、地元の熊本の高校を卒業して、スポーツインストラクターになるための資金を貯めようと、とにかくいろんなバイトを掛け持ちしていたんです。肝心のコーヒーは飲めませんでしたし、バリスタの存在も知りませんでした。

コーヒーが苦手でもカプチーノなら飲める

「今度、サイフォン抽出の社内コンテストに出てみないか」。バイトをはじめて2年目の頃、店長から声がかかりました。いまから思うと、私の運命が変わった瞬間だったかもしれません。この時まだ私はコーヒーをほとんど飲めなかったにもかかわらず、九州大会予選を1位で通過。そして全国大会でも3位になったのです。

全国で3位になれたのもびっくりしたのですが、驚いたことがもうひとつ。このときの大会でバリスタの方が大きなエスプレッソマシンでデザインカプチーノを淹れているのを見て「こんなコーヒーもあるのか」と衝撃を受けたんですね。しかも、コーヒーが苦手な私でもフォームミルクの入ったカプチーノ なら飲める。そのことに気付いて、どんどんカプチーノに惹かれていきました。
ある意味でコーヒーと出会った瞬間でした。私は21歳でした。

「宮前の一杯には深みがない」というキツい一言

ようやくコーヒーを楽しめるようになった私は、社内の全国大会でカプチーノを作っていた方が熊本のUCCの直営店で勤務されているのを知り、そのお店に通うようになりました。
そこでバリスタの方がリーフやハートのデザインカプチーノを作るのを見ているうちに、「自分でもあんなカプチーノを作ってみたい」という思いが芽生え、そのお店でアルバイトを始めたのです。

このときは2ヶ月くらいで競技大会(のちに最年少で優勝することになるJBC)に出ることになり、UCCで習うエスプレッソの淹れ方通りにやったら、あれよあれよと言う間に全国大会に……。

いざ大会に出てみると、私でも知っているような有名なバリスタさんたちがいて、その所作やサービスは自分とはまったく別次元のレベルでした。そういうスターバリスタのパフォーマンスを見て、自分の未熟さを痛感したのですが、それでもいざ舞台に立ってみると楽しんでコーヒーを淹れている自分がいました。  

でも、上司からは「宮前のコーヒーには深みがない」と。見る人が見れば、きっと上辺だけのパフォーマンスだったんでしょうね。実際、当時は「決まった動作をしていれば美味しくなるのかな」くらいに考えていて、提供前のテイスティングの重要性も知らなかったのです。
でも、このとき、はじめて「ちゃんと勉強して、一人前のバリスタになりたい」と思いました。 これが23歳のときです。

全国大会が終わった直後の2004年7月、宮前はUCCグループの正社員採用試験を受け、正社員に。そして、神戸三宮の人気店「カフェラ(CAFFERA)神戸大丸店」へ異動となり、そこでバリスタとしての腕を磨いていくことになります。

そして、同年10月にシンガポールで行われた「ワールド・ラテ・アート大会」や2005年のJBCでは見事に上位の成績を収めました。しかし、翌2006年のJBCでは初の予選落ちという屈辱を味わいます……。

抽出大会での優勝で変わったこと、変わらなかったこと

日々、経験を積んでいるつもりでしたが、2006年の大会では、バリスタとしては考えられないような失敗をしてしまいました。エスプレッソを抽出する際に、コーヒーの粉をグッと押し固めるタンピングの作業に失敗して、うまく抽出できなかったのです。
あってはならない致命的なミスで、その晩は悔しくて泣き明かしました。すべては私の準備不足でした。

徹底的な準備の末に25歳で日本一のバリスタに

その後、UCC社内でも世界大会出場を睨んで、焙煎のプロや情報収集の専門家が選抜チームを組むようになりました。私も選手のひとりとして選ばれたのですが、2007年に開校を予定していたUCCコーヒーアカデミーのスタッフの協力を受けることができたのも運がよかったのかもしれません。
また、この時は、姿勢や発声を学ぶためにプロの劇団員の方をコーチとして招いたりもしました。前回の予選落ちが悔しかったので、負けず嫌いの私はあらゆる可能性に備えて徹底的に準備をしたんです。

そうしたおかげもあって、結果は優勝。私は25歳で日本一になることができました。もちろん、これは私一人の力ではなく、バックアップしてくれたチームのおかげですし、お客様のおかげだと思っています。お客様がたくさんカプチーノを飲んでくださるとバリスタの腕もあがるんです。

いまUCCコーヒーアカデミー講師として考えていること  

現在は、育休を経て、UCCコーヒーアカデミーの講師として、これからカフェを開業しようとしている受講生や飲食系の専門学校生に自分の知識や経験を伝える日々。

コーヒーの世界はとても奥が深くて、覚えることや学ぶことがたくさんあります。もちろん抽出や焙煎に関する知識や技術は欠かせない要素なのですが、私が長年お店に立ってきて思うのは、コーヒーの味を決めるのはそれだけではないということ。
たとえば、これからカフェを開きたいと思っている人に教えてあげたいのは、「お客さんの目の動き」ですね。いまお客さんは何をしたいのか。サービスする側が常に気を配って、お客さんには気を遣わせない。そういう細かいことの積み重ねが一杯のコーヒーの美味しさにつながっていくと思いますし、広い目で見れば、コーヒーの文化を底上げしていくことにもなるのかな。

普段から大切にしているのは「一期一会」という言葉。バリスタとしてはお客様との「一期一会」を大事にして、一杯のコーヒーを丁寧に淹れていきたいと思っています。

自宅でコーヒーを飲む時は、origamiのコーヒードリッパーで。家族の輪の中心にもコーヒーがある。

あなたの心に残る、最高のコーヒーは?

「カフェ・ルシアーナ」は、2007年のJBCで使うコーヒー豆を選んでいた時に出合った、とても香り高いブラジルのコーヒーです。初めて飲んだ時、それまでコーヒーの味覚を表現するのが苦手だった私が、「花・ハーブ・とてもさわやか!」と興奮するくらい衝撃を受けました。
JBCではこの豆のイメージをエスプレッソで最大限引き出すために、当時珍しかったエチオピアのイルガチェフェ2種と、ブラジルのサンジョゼ農園のコーヒー豆でブレンド。その結果、花束のような香りとフルーティな味わい、そして蜂蜜のような甘い余韻を感じるコーヒーを作ることができました。
この「カフェルシアーナ」に出合ったことで、JBCとWBCで想いのこもったプレゼンとコーヒーの提供ができたといっても過言ではありません。

UCCコーヒーアカデミー講師
宮前みゆき Miyuki Miyamae 

2000年、高校卒業後、「UCCカフェコンフォート熊本交通センター店」でのアルバイトをきっかけにバリスタを目指す。2004年、JBC(エスプレッソ部門)全国大会準決勝進出後、入社。2007年度JBCにおいて、史上最年少、初の女性選手として優勝。同年、日本代表としてWBCに出場。総合4位、個別部門ではベストカプチーノ賞を受賞。 

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